在留特別許可を争った裁判事例 名古屋高等裁判所その9

このページでは,在留特別許可を求めて争った裁判事例について,判決文を解説します。

今回の事例は,平成28年11月30日に名古屋高等裁判所で逆転判決が言い渡された事例です。

この事例は,

「定住者」の在留資格で来日した外国籍の男性Xさんが,ひき逃げ事件事件を起こしてしまい,逃げている間に在留期間が過ぎてしまったためオーバーステイになって,退去強制(強制送還)令書が発布されたので,その取り消しと在留特別許可を求めて裁判を起こしたというものです。

今回紹介する裁判例は,高等裁判所の控訴審の判決です。Xさんは,名古屋地方裁判所に対して一度裁判を起こしましたが,裁判所はXさんの訴えを認めませんでした。

これに対してXさんが控訴を申し立てたところ,控訴が認められXさんに対する退去強制(強制送還)令書の発布を取り消すという逆転判決が言い渡されました。

外国人の方が有罪判決を受けた後に在留特別許可を求めて裁判を起こしたという事例については,前回も紹介したものがありますので,併せてご覧下さい。

在留特別許可が認められなかった例1

在留特別許可が認められなかった例2

在留特別許可が認められなかった例3

在留特別許可が認められなかった例4

在留特別許可が認められた例1

事案の概要

Xさんは外国の高校を卒業後,日系3世の外国人として,平成9年に「定住者」の在留資格で入国しました。日本国内でな部品メーカーなどの製造の仕事に従事し,数回在留期間の更新許可を受けてきていました。

Xさんの最終の在留期間は,平成25年10月8日でした。

Xさんは平成12年頃,日本で永住者として生活する外国人Bさんと出会い,結婚を前提とした同居を始め,実子を一人もうけました。しかし,家族の反対もあり,実際の結婚には至らず平成16年頃には別居するようになってしまいます。

BさんはXさんと別れた後,平成17年には別の外国人と結婚しましたが,結婚生活は破綻し,再びXさんとBさんは同居を始めます。

平成21年,22年にそれぞれBさんは子供を出産していますが,戸籍上の父親はXさんとされていませんでした。

そして平成23年にBさんは正式に離婚してXさんと生活するようになります。

そんななか,Xさんは,平成25年9月,自動車での人身事故を起こして逃げてしまいます。

在留期限が直前に迫っている中で,警察に出頭しようか,どうしようかと考えているうちに,在留期限が切れてオーバーステイの状態になってしまい,その後Xさんは警察署へ出頭し,ひき逃げ事件を起こしてしまったとして逮捕されてしまいます。

その後Xさんに対しては,道路交通法違反,自動車運転過失致傷罪などによって,懲役1年/執行猶予3年の有罪判決が言い渡されました。この有罪判決自体では,強制送還の対象とはなりませんが,入管は,Xさんがオーバーステイになっていることを理由として,強制送還の手続きを始めました。

原告であるXさん

・日本国内で安定した家族関係,親子関係を形成していること

・日本に長く定着していること

・日本で起こしてしまった刑事事件は悪質なものではないこと

を主張して,在留特別許可が認められるべきであると争いました。

これに対しては被告である国

・Xさんが起こしてしまった刑事事件は重大なものであること

・Xさんと同居しているBさんら家族の関係は一度解消されているものであるから強い保護には値しないこと

・Xさんを本国に送還したとしても母国での生活には支障がないこと

を主張しました。

裁判所で重要になったポイント,裁判所の判断

まず,一審の裁判所は,Xさんが起こした刑事事件は重大で,在留特別許可の判断をするうえでも大きなマイナスポイントであると指摘しました。

そのうえで,XさんとBさんやその子供たちとの関係についても,①BさんがXさんとの関係については一度終わっており「やり直すつもりはない」と言っていたこと,②XさんとBさんは法律上結婚したことにはなっていないこと(あくまで内縁関係にとどまっている)から,在留特別許可を認めるほどの要素にはならないとして,Xさんの訴えを認めませんでした。

これに対して,控訴審の裁判所は,①BさんがXさんと「やり直すつもりがない」と一度発言しているがこれはBさんの真意ではない,むしろXさんとBさんの内縁関係は一層強いものになっていて,XさんもBさんが産んだ3人の子供を全員自分の子供として愛情を注いでいるとし,また,②XさんとBさんが法律上結婚していないのは,Bさんの母国での手続き上,一度日本でした結婚,離婚に関する書類が上手く受理されなかったからであって,XさんもBさんも家族として生活するために手を尽くしていると判断し,一審の判断は間違っているとしました。

控訴審でBさんの「やり直すつもりがない」という発言の真意が訂正されたのは,実はBさんがこの発言をしたとき,近くにBさんの家族がおり,その家族がXさんとBさんの関係が続くことに対して強く反対していたので,Bさんも自分の思っていたことをきちんと言えなかったという理由があったからでした。

また,控訴審では,Xさんが起こしてしまった刑事事件についても,事件が起きた経緯や被害者の処罰の感情,捜査手続きの流れについても詳細に検討され,一審裁判所はそのような事件の細かい事情まできちんと把握していないとも言われています。

結論として,入管の判断も,一審の判断も,Xさんにとって有利に考慮すべき事情が考慮されておらず,不利な事情ばかりが重く見られていたとして取り消され,Xさんには在留特別許可を認める方向での判決が言い渡されました。

コメント(在留特別許可が認められた理由)

この判決文を見ると,XさんとBさんや子供たちとの関係について,一審の裁判所はあまりきちんと見ていなかったようです。

というのも,Bさんが「Xさんとやり直すつもりがない」といった発言があったことから,一審の裁判所も,「XさんとBさんが日本で再び生活することはないのだろう」と解釈してしまったからの様です。

1つの発言だけで判決が逆転するわけではありませんが,この一言があったために,一審裁判所が,Xさんと,Bさんやその子供たちとの関係について,深く検討する必要がないと判断してしまったのかもしれません。

なお,刑事事件(ひき逃げ事件)の責任の重さについては主な争点とはならなかったようです。

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