永住者の方が名誉棄損事件を起こしてしまった場合,どのような対応が必要になるのかについて解説していきます。
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事例
永住者のAさんは、近所の焼き肉屋で食事をした際,店員からシャツを汚されたにもかかわらず,店長からの謝罪が無かったことから,焼き肉屋の店長に腹を立て,飲食店の口コミサイトに,「出される焼肉も,ゴムのような味しかしない。ビールも,小便かと思うくらいぬるいし,マズい。衛生管理もなっていない。しかもここの店長は新興宗教の信者らしく,高いツボ買わせられそうになった。」と書き込みました。
なお,Aさんには前科前歴はなく,刑事事件化した名誉毀損事件もありません。
以上を前提として
①Aさんが受ける刑事罰はどのようなものになるか
②①の刑事罰によってAさんは退去強制となることがあるか
以上の点について解説していきたいと思います。
名誉毀損罪の刑事罰
Aさんがこの通りのことを行ったとすれば,事実を摘示して飲食店の店長の名誉を毀損していることから,刑法230条1項の名誉毀損罪に形式的に該当します。
刑法230条によれば,名誉毀損罪の法定刑は,3年以下の懲役又は50万円以下の罰金刑が予定されています。
ただし,名誉毀損罪で処罰されるないために,刑法230条の2第1項があり,
①公共の利害にかかわる事実に関して
②公益目的があり
③真実を述べた
ということすべてが言えた場合には,処罰されません。
また,真実でなかったとしても,①公共の利害にかかわる事実に関して,②公益目的があり,③真実であると信じる相当な理由があれば,故意が無いとして処罰されません。
そのため,名誉毀損罪が成立しない事情があるかということも重要になります。
名誉毀損罪の具体的な刑罰を決める際には、①どのような内容の書き込みをしたのか,②その結果財産的被害が生じたのか,③何度も繰り返しているような事案であるか,④示談が成立したかが大きな考慮要素となります。
①書き込みの態様については,差別的な内容を含んでいるかとか,一般的に社会的評価を低下させるようなことを書いていないかということから判断されます。差別的な内容を含んでいたり,一般的に社会的評価を低下させると考えられるようなことを書いていると重く見られます。
②財産的被害が発生し,その被害額が多額であると認められる場合,重く見られます。
③何度も繰り返しているような事件である場合,重く見られます。
④示談が成立し,被害者が犯人を許しているような事件である場合,罪を軽くする事情になります。
今回のAさんの事例ですと,「衛生管理もなっていない」「店長は新興宗教の信者」「高いツボを買わせられそうになった」という事実についての表現が問題になります。
飲食店に対して,「衛生管理がなっていない」とか,「高いツボを買わせられそうになった」と言った,店の信用や,店長の信用にかかわるような事項について述べているので,一般的に社会的評価を低下させると考えられるようなことを書いているということが言えそうです。また,財産的被害については,不明ですが,この財産的被害が多くある場合,重く見られます。繰り返していない点については,Aさんに有利な事情と見られる余地があります。
Aさんとしても,被害者である焼き肉店の店長と示談をするなどして事件を解決するかということは今後の弁護人の活動次第という状況です。
そのため,示談が成立すれば,不起訴や罰金刑で終わる可能性が高く,示談が成立しない場合には,罰金か執行猶予付きの有罪判決となる可能性がある事件ということが言えます。
退去強制となるか
それでは、Aさんの刑事処分により退去強制となるかについて検討します。
退去強制事由については入管法24条に定めがあります。ただ、Aさんは永住者ですので、在留資格としては別表第2の資格となります。
同条4号の2には「別表第一の上欄の在留資格をもつて在留する者で、刑法第二編第十二章、第十六章から第十九章まで、第二十三章、第二十六章、第二十七章、第三十一章、第三十三章、第三十六章、第三十七章若しくは第三十九章の罪、暴力行為等処罰に関する法律第一条、第一条ノ二若しくは第一条ノ三(刑法第二百二十二条又は第二百六十一条に係る部分を除く。)の罪、盗犯等の防止及び処分に関する法律の罪、特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律第十五条若しくは第十六条の罪又は自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第二条若しくは第六条第一項の罪により懲役又は禁錮に処せられたもの」という定めがあり、この条文に該当する場合には仮に執行猶予判決であったとしても退去強制となります。
しかし,Aさんは別表第2の資格で在留してますので,この同条4号の2の要件に該当しません。
また,同条4号リには,「昭和26年11月1日以後に無期又は1年を超える懲役若しくは禁錮に処された者。ただし,刑の全部の執行猶予の言渡しを受けた者及び刑の一部の執行猶予の言渡しを受けた者であってそのうち執行が猶予されなかった部分の期間が一年以下のものを除く。」と規定されています。
これに該当する場合には,別表第2の在留資格であったとしても退去強制の対象になります。
しかし,今回の事件は,Aさんにとって,初犯であることから,悪くて執行猶予,罰金になることが予定される事件です。なので,すぐに退去強制になるという可能性は低いといえるでしょう。
弁護活動
弁護活動としては,①刑法230条の2第1項に規定される通り,公益に関わる真実の事柄であることを書いたに過ぎないと主張すること,②名誉毀損を行ったことに対して示談を行い,不起訴をねらうことが考えられます。
①刑法230条の2第1項
刑法230条の2第1項に規定される通り,「公共の利害に関する事実に係り,かつ,その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には,事実の真否を判断し,真実であることの証明があったとき」に名誉毀損罪は成立しません。そのため,今回のAさんの書き込みの目的が,公共の利益のためであること,公益目的があること,Aさんの書いた通り焼き肉店が不衛生な環境で営業していることや,焼き肉店の店長が悪徳商法を行ったということを立証する必要があります。
もし,これらの事実が立証できた場合には,犯罪が成立しません。
なお,「焼き肉店が不衛生な環境で営業されていたということ」や,「焼き肉店の店長が悪徳商法を行っていた」という事実について立証できなかった場合でも,これらを行ったと信じる相当な理由がある場合に,故意が無いとして,無罪になる可能性があります。
今回の事案で果たして,焼き肉店の衛生管理をおろそかにしていたとか,店長が悪徳商法を行ったかどうかというのは分かりません。そのため,弁護人としては,この事情についてAさんの認識や,焼き肉店の衛生管理の状況などについて調査し,裁判で主張することになります。
②示談をして不起訴を目指す場合
今回の事例については,示談をして,不起訴を目指すということが考えられます。
たしかに,名誉毀損の場合の慰謝料というのは,低額になる傾向がありますが,今回みたいに,焼き肉店の営業活動を妨害するような態様ですと,焼き肉店の営業を回復させるという側面が出てきますので,示談金額というのはある程度高くなります。
どちらの方針であれ,初動が大切です。
特に,①の場合、Aさんが書き込んですぐの焼き肉店の営業状況を確認する必要がありますから,弁護士としては,迅速な調査を実施する必要があると考えられます。
退去強制を回避するためには、少なくとも不起訴になることが最低条件です(なお、不起訴になったとしても在留資格の更新に影響が生じる場合があります)。ですので、ご家族や知人が逮捕されてしまった場合には、
速やかに経験のある弁護士に依頼をすることが必要です。