このページでは,在留特別許可を求めて争った裁判事例について,判決文を解説します。
今回の事例は,平成30年10月11日に東京地方裁判所で退去強制(強制送還)令書の発布について取消しが言い渡された事例です。
この事例は,「永住者の配偶者」の在留資格で来日した外国籍の女性Aさんが,配偶者の男性とうまくいかなくなり,在留資格の更新手続きをせず,在留期間が過ぎてしまったためオーバーステイになって,退去強制(強制送還)令書が発布されたので,その取り消しと在留特別許可を求めて裁判を起こしたというものです。
このページの目次
事案の概要
Aさんは,外国籍の男性で日本で「永住者」の在留資格を取得しているBさんと結婚し,「永住者の配偶者等」の在留資格で日本に入国しました。
ところが,AさんはBさんとの結婚生活が上手くいかなくなり,AさんはBさんと別居するようになりました。その後,別居後にAさんは別の男性との間に子供をもうけ,Bさんと離婚し,別の男性と再婚しました。
なお,Aさんは,Bさんと別居してから離婚するまでの間に偽装結婚の疑いで一度逮捕されてしまいました。この経緯については以前の記事でも解説していますので併せてご覧下さい。
Bさんとのこのような騒動の関係で,Aさんは「永住者の配偶者等」としての在留期間の更新はできなかったため,「短期滞在」の在留資格へ変更しましたが,この「短期滞在」の在留期間も満了してしまい,Aさんは不法残留の状態となってしまいました。
不法残留の状態となった中で,Aさんは偽装結婚の疑いで逮捕されてしまい,その後釈放(不起訴)と同時に入管に収容されることになりました。
原告であるAさんは
・不法残留になる前に生まれた0歳の子供を扶養しなければならないこと
・日本での在留中の素行は不良ではないこと
を主張して,在留特別許可が認められるべきであると争いました。
これに対しては被告である国は
・Aさんの不法残留は悪質なものである事
・Aさんには日本で子供の養育をする意思が疑わしい事
・Aさんの子供はまだ0歳であるから,Aさんの祖国で成長していっても問題がない事
を主張しました。
なお,この裁判の中で,Aさんの子供も外国籍として生まれましたが,Aさんと同じく不法残留状態となり退去強制の手続きに付されていました(乳幼児のため,収容はされていません)。
裁判で重要になったポイント,裁判所の判断
この裁判で一番重く見られたのは,Aさんが逮捕される直前に産んだ乳幼児の健康状態でした。
実は,Aさんの子供は超低出生体重児と言われるほどの早産で,産まれた直後から医療的なケアが必要な赤ちゃんでした。1歳近くなるまで入院が続き,退院後も乳児院で養育されていました。仮放免が許可されてからも,Aさんは毎週乳児院へ面会に通っていました。
このような状態で,Aさんと子供が飛行機に乗って海外にわたり,そのうえで適切な医療を受けるということは相当危険である事がうかがわれました。
裁判所も,Aさんの子供の健康状態について丁寧に事実を認定し,「子は,その生命の維持,身体の発育のために本邦での治療を必要としており,H国に送還することにつき著しい支障があったと言える」と判断しました。強制送還することは健康上許されないと判断して,子供に対する退去強制(強制送還)令書を取り消しました。
裁判所は,Aさんの子供も不法残留の状態になっていることは認定しましたが,当時0歳児の子供に,在留資格取得のための手続ができなかったとしても非はない,とも判断しています。
裁判所は,Aさんの子供を送還することはできないとした上で,Aさんの退去強制(強制送還)令書の手続きを取り消しました。
Aさんの在留については,自らBさんとの結婚が「偽装結婚だった(喧嘩の延長で言ってしまった)」と警察に申告したり,短期滞在の在留資格を延長したり変更したりしていない点や,Bさんと別居したとの住所を入管に対して申告していなかったりと,在留上,不利益な事情がいくつかありました。しかしながら,Aさん以外に,医療的なケアを必要としている子供の面倒を看ることが出来る人はいないと判断しました。
判決においても,当初入管は,子供の養育に関する事情は,「人道上の配慮が必要な事情として,在留特別許可の許否の判断において,重要な積極要素ついて考慮されるべきものといえる」のに,これを過少に評価したとしています。
コメント(強制送還の手続きが取り消された理由)
この裁判例で外国人の方の訴えが認められた理由は,ひとえに,子供が医療を必要としており,強制送還の手続きをとると子供の命に関わる,というものでした。
これだけ見ると,とても当然のことのように見えますが,一番恐ろしいのは,入管は,「医療的なケアを必要としている0歳児を強制送還しようとしていた」という点です。
もしもAさんが声を上げて裁判を起こしていなければ,この子供も一緒に強制送還されていたでしょう。その際中,もしも子供の容態に異変があっても,誰も助けてはくれないのです。
裁判所が在留特別許可を認める方向で判決を出すこと自体が珍しいのですが,当たり前に在留が認められるべき事案でも,裁判になっても強制送還を求めようとする国の態度には,疑問を禁じ得ません。