(事例はフィクションです)
Aさんは定住者の在留資格で,両親と一緒に東京都に在留している会社員(30代・男性)です。
ある日,AさんはSNSで「親と喧嘩をして家出したので泊めてください」という投稿を見つけて,そのアカウントと連絡を取り始めました。
SNSのDMをやり取りする中で,その相手は15歳の女子中学生であることが分かり,Aさんはその子と名古屋市内にあるビジネスホテルで会うことにしました。
Aさんはその時,性交等はしていないのですが,相手の両親が捜索願を出したため警察に見つかり,Aさんは愛知県警察中警察署にて,未成年者誘拐罪で逮捕されてしまいました。
Aさんの家族はAさんのことを心配して弁護士に相談することにしました。
このページの目次
未成年者誘拐罪での逮捕・刑罰
未成年者誘拐罪とは,未成年(18歳未満の人)を,監護者(親,保護者,親族等,面倒を見ている人)の下から外部に連れ出すことで成立します。
これは未成年者本人の同意があっても成立する犯罪で,有罪になった場合には3月以上7年以下の懲役刑が科せられる可能性があります。
未成年者誘拐罪は,未成年者を対象とした犯罪であることや懲役刑の定めがあることから,逮捕・勾留がなされやすい犯罪の類型です。また,前科がない人であっても有罪となれば実刑判決を受ける可能性も十分にあり得る犯罪です。
未成年者誘拐罪で逮捕されてしまった時にすぐに対応すべきなのは取調べに対する対応と,示談交渉です。
未成年者誘拐罪が成立するためには「誘拐」にあたる行為が必要となります。「誘拐」とは,未成年者を監護者の支配下から連れ出すような言動で,無理やり連れて行くような行為ではなくとも「泊めてあげるよ/お金を貸してあげるよ/ご飯を奢ってあげるよ」と言ったような文言であっても「誘拐」に当たるとされています。このような言動があったか無かったかで,未成年者誘拐罪が成立するかどうかが変わってきます。
犯罪が成立しないと思われるような事案に対しては,取調べでその点を重点的に否定する対応が必要になります。
また,犯罪が成立することを争わない事案では起訴されないための弁護活動が重要です。
そのためには,被害者との示談交渉が必要になります。未成年者誘拐罪の場合,示談の相手は親権者・監護権者になります。親としては「子供を危ない目に遭わせた」と考え,峻烈な被害感情を持っている場合が多いですから,示談交渉については弁護士等の代理人が行うべきです。
未成年者誘拐罪で逮捕,取調べを受けているという方は刑事事件に強い弁護士に依頼して,適切なアドバイス,対応を求めましょう。
特に,外国人の方の場合,未成年者誘拐罪で懲役刑を受けてしまうと,強制送還のリスクが飛躍的に高まります。
退去強制とは
日本から外国人の方を強制送還する手続きのことを,正式には「退去強制」と言います。
退去強制手続きは主に
理由となる事実の発生(例:オーバーステイ,不法就労,虚偽の申請,犯罪歴などなど)
入国警備員による調査
入国審査官による審査
(場合によっては)法務大臣による裁決
という4つの段階を踏まえて進められていくことになります。
退去強制の理由となる理由が発生した場合,そのことを入国管理局が知ることで調査が実施されます。
調査の結果は全て,入国審査官へ引き継がれて「強制送還をすることが適法かどうか」の審査がなされます。審査の結果を踏まえて,強制送還が最終的に決定されることになります。
強制送還をする,という審査がなされた後,決定に不服がある場合には異議を申し出て口頭審理,法務大臣の裁決へと手続きが進みます。
口頭審理,法務大臣の裁決を踏まえて,最終的に強制送還をするか,在留特別許可をするか,それとも強制送還をしないか,といった決定が下されることになるのです。
刑事事件を起こしてしまった外国人の方が強制送還されるかどうかという点や,審査手続きの流れについて細かく解説します。
退去強制の理由になる事実
入管法上,刑事事件と関連して強制送還される場合というのは,次のような場合です。
- 一定の入管法によって処罰された場合
- 一定の旅券法に違反して懲役,禁錮刑に処せられた場合(資格外活動の場合,罰金だけでもアウト!)
- 麻薬取締法,覚醒剤取締法,大麻取締法などの薬物事件で有罪判決を受けた場合
- 一定の刑法犯で懲役,禁錮刑に処せられた場合(執行猶予がついてもアウト!)
- どの法律違反であっても,「1年を超える実刑判決」を受けた場合
執行猶予が付いたとしても強制送還になってしまう刑法犯は,代表的には次のようなものです。
住居侵入罪
公文書/私文書偽造罪
傷害罪,暴行罪
窃盗罪,強盗罪
詐欺罪,恐喝罪
これらの罪の場合,たとえ執行猶予付きの判決であったとしても,裁判が確定すると強制送還の対象となります。一定の刑法犯で懲役刑,禁錮刑に処せられたとして強制送還されるのは,入管法の別表1に該当する在留資格をもって日本に滞在している外国人の方です。入管法の別表1に該当する在留資格とは,こちらのページで列挙されています。
何かしらの犯罪で逮捕されてしまった,というだけでは強制送還の対象とはなっていません。ですが,逮捕,勾留に引き続いて「公判請求」,つまり,「起訴」がなされてしまうと有罪の判決が言い渡される可能性が極めて高く,有罪の判決を受けると内容によっては強制送還されてしまう可能性があるということです。
特に,薬物事件や入管法違反については,「悪質な事案」として入管法でも厳しく扱われており,強制送還されやすくなっています。逆に,一般刑法の違反の場合には,「その罪名や言い渡された刑の内容によっては強制送還される」という定め方になっています。
Aさんの事例では未成年者誘拐罪という罪名で逮捕されています。
この罪名の場合,「別表1」の在留資格の方の場合は執行猶予がついても強制送還の対象となってしまいます。
一方,「別表2」の在留資格の場合には,1年を超える実刑判決の場合には強制送還の対象になります。
いずれにしても,起訴されないための弁護活動が非常に重要になります。
入国警備官による調査
刑事事件を起こしてしまったことが強制送還の理由となってしまった場合,刑事手続きが終了した後,近くの各地方出入国在留管理局に呼び出された上で,入国警備官による調査を受けることになります。
この時の調査の内容は,「退去強制をするべき事実が発生したかどうか」ということに限られます。そのため,刑事裁判等を理由とした強制送還の場合,調査での一番の調査事項は,
一定の入管法によって処罰されたかどうか
一定の旅券法に違反して懲役,禁錮刑に処せられたかどうか
麻薬取締法,覚醒剤取締法,大麻取締法などの薬物事件で有罪判決が確定したかどうか
一定の刑法犯で懲役,禁錮刑に処せられたかどうか
どの法律違反であっても,「1年を超える実刑判決」を受けたかどうか
という点になります。そして,これらの事実のほとんどは,刑事裁判の結果を基に認定がなされます。
裁判で事実を争っていない場合にはそのまま「強制送還の理由あり」という認定になってしまうでしょう。
裁判で争っていた場合,または入管の手続きになってから初めて事実を争うという場合,改めて証拠を提出したり詳細な主張を行ったりする必要があります。
入国審査官による審査
入国警備官が調査した内容は,そのまま入国審査官へと引き継がれていきます。そして入国審査官が対象となる外国人の方と面談(interview)を行い,審査を実施します。
審査の対象となるのも上に書かれた調査事項と同様です。
なお,強制送還の理由となる事実に加えて,日本での生活や仕事のこと,家族のこと,財産のこと等も一緒に質問されることがあります。
これは,強制送還の理由になる事実があったとしても,在留特別許可をするかどうか,という判断で考慮される事情になります。
審査が終わると強制送還の理由になる事実があったか/なかったか,という点についての判断がなされ,「事実があった」と認定されると一時的に入管の施設に収容されてしまいます。
元々オーバーステイだった場合には,そのまま収容が続いてしまうことが多くあります。
一方で,審査が終わるまでは一応在留資格をもって日本に在留していたという方の場合,一時的に収容の手続きがなされたとしても,すぐに「仮放免」といって,保証金を払うことで釈放される場合もあります。仮放免の解説はこちらです。
入国審査官による審査が不服であった場合,強制送還の理由になる事実があったとしても,さらに日本での在留を希望する場合には,その後の口頭審理という手続きを行うことになります。
口頭審理とは何か?
口頭審理とは,入国審査官が「退去強制事由がある」と判断をしたことに対して,特別審査官が再度審査をするという手続きのことです。
退去強制になるまでには,
理由となる事実の発生(例:オーバーステイ,不法就労,虚偽の申請,犯罪歴などなど)
入国警備員による調査
入国審査官による審査
(場合によっては)法務大臣による裁決
という段階がありますが,「口頭審理」という手続きは,この3と4のちょうど間にある手続です。
口頭審理では,入国審査官の判断が間違っていたかどうか,が審理の対象になります。
そのためまずは,強制送還の理由となった事情について再度細かく質問を受け,その後,日本での在留に関する質問をされます。ですが,口頭審理でのインタビューは,法務大臣の裁決という手続きに進む前の,最後のインタビュー手続きです。
そのため,口頭審理の場では,違反審査に関する事だけでなく,在留特別許可を認めるかどうかの判断で重要となる部分の『聞き取り』も行われることになっています。
ただ,あくまで「聞き取り」を行うだけですので,事実に間違いがない限りは,口頭審理の結果については,「元の審査に誤りはなかった」と判断されることになります。
口頭審理の後も,引き続き日本での在留を希望するという場合には,異議の申立てをして,法務大臣の裁決を求めることになります。
口頭審理のポイントとなるのは,『法務大臣による裁決前の最後のインタビューである』という点です。
法務大臣の裁決
入国警備官による調査から始まって,強制送還に関する最後の手続きが法務大臣の裁決という手続きです。
この手続では面談などはなく,口頭審理の結果を踏まえて在留特別許可をするかどうかについて,書面による審査が実施されます。
法務大臣の裁決では,それまでの手続きにおける間違いがないかどうかという点の審査に加えて,在留特別許可をするかどうかという最も重要な点についての審査が行われます。
在留特別許可をするかどうかについては,入管における判断の透明性を確保するという観点から,ガイドラインが公開されています。
積極要素
日本人の子か特別永住者の子である
日本人か特別永住者との間に生まれた未成年の子を育てていて親権を持っていること等
日本人化特別永住者との間に法律上有効な婚姻が成立している
⇒日本と外国人とが,家族関係を持つレベルで接着していること
消極要素
重大犯罪によって刑に処せられた
出入国管理行政の根幹を犯す違反をした
反社会性の高い違反をした
⇒日本に在留させることが日本にとって不利益が特に大きい場合
最終的には様々な事情を総合して判断することにはなりますが,これらの積極要素/消極要素を中心にして,過去の事例なども参考にしながら,在留特別許可をするかどうかの判断がなされます。
Aさんの事例では1年を超える実刑判決を受けた場合に,強制送還の対象に該当します。
Aさんは「定住者」の在留資格で,日本に家族もいるという在留状況ですから,この点を適切に主張していくことで,在留特別許可が得られる可能性がある事案です。
退去強制,在留特別許可に関する手続きについても,知識,経験が十分にある弁護士に依頼するのが良いでしょう。
まとめ
日本に残って生活を続けたいと希望する場合には
・刑事事件の手続きで起訴されない事,なるべく軽い処分を獲得すること
・入管での手続きの中で,強制送還の対象とならないこと,在留特別許可を得る可能性を少しでも高めること
が重要です。
いずれかについて少しでも不安なことがある方は,弁護士法人あいち刑事事件総合法律事務所にご相談ください。