
導入
「日本人の配偶者等」という在留資格は、日本人と法律上の婚姻関係にある外国人や、その実子などに認められるもので、日本での就労活動に制限がなく、比較的安定した在留資格の一つとされています。
もっとも、この在留資格を有していても、刑事事件を起こした場合には、刑事手続だけでなく在留資格への影響も問題となります。
例えば、日本人配偶者ビザを持つ外国人が、万引きで盗んだ商品を海外に転売するグループに関与し、複数回にわたり量販店などで商品を盗み、これを海外に発送して利益を得ていたという事案で、窃盗の疑いにより摘発されたとします。
万引き事案は、一般的には比較的軽微な犯罪として処理されることも少なくありません。しかし、これに転売目的が加わり、反復継続して行われている場合には、営利性や組織性が強く評価され、事案の性質は大きく異なってきます。
結果として、刑事処分が重くなる可能性があるだけでなく、その後の在留資格への影響についても、単純な万引き事案に比べてはるかに重大な問題として扱われることになります。
そのため、このような事案では、日本では刑事手続(有罪・無罪や刑罰の内容を判断する手続)と、入管手続(在留資格の取消しや継続、退去強制の可否を判断する手続)が並行して問題となり、それぞれの手続の帰結が相互に大きな影響を及ぼし得ます。以下では、それぞれの手続がどのように進み、在留資格にどのような影響を及ぼすのかを順を追って説明します。
1. 刑事手続と入管手続の関係・影響範囲の違い
刑事手続と入管手続は目的も進め方も別個の制度です。
刑事手続とは、有罪か無罪かを判断し、有罪であればどのような刑罰(拘禁刑や罰金刑など)を科すかを決定する手続です。
他方、入管手続、特に退去強制手続は、「出入国管理及び難民認定法」に基づき、日本に在留することが適当でないと評価される外国人を国外に退去させるための行政手続です。
例えば、在留期間を超えて滞在するいわゆるオーバーステイの場合、刑事裁判を経ることなく、不法残留という事実のみで退去強制手続が進められることがあります。
このように、刑事処分は前科の有無や身体の自由に影響し、入管処分は日本での在留の可否そのものに影響するという点で、両者は明確に区別されます。
2. 刑事処分ごとの退去強制(強制送還)のリスク
刑事手続の結果によって、退去強制のリスクは大きく異なります。
まず、不起訴(起訴猶予など)となった場合には、有罪判決を受けていないため、それだけで直ちに退去強制事由に該当することは通常ありません。
次に罰金刑の場合ですが、窃盗のような一般的な財産犯においては、罰金刑のみを理由として直ちに退去強制事由に該当するわけではありません。ただし、薬物犯罪など一部の類型では、有罪判決それ自体で退去強制事由となる場合がある点には注意が必要です。
いずれにしても、罰金刑であっても前科が付く以上、後の在留資格更新等において不利に働く可能性は否定できません。
さらに、執行猶予付き判決については、有罪ではあるものの直ちに刑務所に収容されるわけではありません。また「日本人の配偶者等」の在留資格を有する者については、執行猶予付き判決のみで当然に退去強制の対象となるわけではありませんが、入管当局による在留継続の判断は厳しくなる傾向にあります。
これに対し、実刑判決を受けた場合には事情が大きく異なります。拘禁刑の期間が1年を超えると、在留資格の種類を問わず退去強制事由に該当します。もっとも、1年以下の実刑(例えば拘禁刑8月など)であっても、「日本人の配偶者等」の在留資格を有する者については、その後の在留継続を一層慎重に判断することになります。
3. 退去強制(強制送還)の仕組みと在留特別許可制度の概要
退去強制手続は、出入国在留管理庁が所管する行政手続です。刑事事件で有罪判決が確定すると、その内容を踏まえて、当該外国人が退去強制事由に該当するかが審査されます。
手続としては、まず違反調査が行われ、その後、入国審査官による認定、特別審理官による口頭審理、さらに不服があれば法務大臣への異議申出という段階を経て、最終的に退去強制令書が発付されるという流れになります。
もっとも、退去強制事由に該当すると判断された場合であっても、「在留特別許可」という制度があります。これは、本来であれば退去させるべき外国人について、法務大臣の裁量により例外的に在留を認める制度です。
日本人の配偶者である外国人は、日本国内に生活基盤や家族関係を有していることが多いため、個別事情によっては在留特別許可が認められる可能性があります。ただし、これは自動的に付与されるものではなく、本人や代理人弁護士が具体的事情を丁寧に主張・立証していく必要があります。
4. 刑事処分が在留期間の更新・永住許可・再入国に与える影響(配偶者ビザの場合)
刑事処分の内容は、「日本人の配偶者等」の在留資格の更新や、その後の永住許可申請などに大きな影響を及ぼします。
まず在留期間の更新については、前科がある場合、審査は明らかに厳格化します。とりわけ、罰金刑であっても窃盗のような故意犯による前科がある場合には、在留状況全体を踏まえて更新が許可されないリスクが現実に生じます。不起訴であれば影響は比較的限定的ですが、有罪判決を受けた場合には、その内容に応じて不利益が生じ得ると理解しておく必要があります。
次に永住許可については、「素行が善良であること」が要件とされており、一般に罰金刑以上の前科がある場合には、相当期間にわたり無違反の生活を継続するなどして信頼を回復しない限り、許可を得ることは極めて困難となります。
さらに、再入国との関係では、有罪判決後に出国した場合や退去強制となった場合には、一定期間の上陸拒否(再入国禁止)が課される点にも注意が必要です。
5. 在留特別許可を得るために考慮される事情(家族構成・反省・被害弁償・再犯リスクなど)
在留特別許可の可否は、個別具体的な事情を総合考慮して判断されます。
特に重視されるのは、日本人配偶者との婚姻関係の実態や安定性、同居の有無、婚姻期間、そして子どもの有無やその生活状況などの家族関係です。
日本で出生・成育した子どもがいる場合や、家族が日本に生活基盤を有している場合には、人道的観点から在留継続が認められる方向に働くことがあります。
また、本人の反省の程度や更生可能性も重要な要素です。被害弁償や示談の成立など、被害回復に向けた具体的な行動が取られているかどうかは、評価に大きく影響します。
これに対し、組織的・常習的で重大な犯行である場合や、再犯の可能性が高いと判断される場合には、在留特別許可が認められる可能性は大きく低下します。
6. 強制送還後の上陸拒否期間と将来的な再在留資格取得の可能性
万一、退去強制により日本国外に送還された場合には、その後一定期間、日本に再び入国することが制限されます。これを上陸拒否期間といいます。
この上陸拒否の期間は、刑事処分の内容などによって異なります。
例えば、拘禁刑に処せられた場合には、その刑期が1年以下であれば原則として5年間、1年を超える場合には、原則として期間の定めなく上陸が拒否されることになります。また、薬物犯罪など一定の類型についても、同様に無期限の上陸拒否となります。
退去強制と異なり、上陸拒否期間の判断は「実際に刑務所に収容されたかどうか(実刑か執行猶予か)」ではなく、「どのような刑に処せられたか」という点を基準に行われます。従って、執行猶予となったから上陸拒否されないことにはなりません。
例えば今回のケースでは、万引きを繰り返し、これを海外転売するという営利性・反復性が認められる事案であり、有罪判決により拘禁刑に処せられた場合には、その刑期が1年を超えるか否かによって、その後の上陸拒否の取扱いが大きく異なることになります。
すなわち、拘禁刑1年以下(例えば拘禁刑8月)であれば5年経過後に再度在留資格の申請を行う余地がありますが、拘禁刑が1年を超える場合(例えば拘禁刑1年6月)には、原則として将来にわたり日本への上陸が認められないという厳しい帰結となります。
もっとも、上陸拒否期間が経過したからといって自動的に再入国できるわけではありません。再び日本に入国するためには、改めて在留資格認定証明書の交付申請などを行い審査を受ける必要があり、その際には過去の前科や退去強制歴が重要な不利益事情として考慮されます。
なお、期間の定めなく上陸が拒否される場合であっても、例外的に上陸特別許可により入国が認められる制度自体は存在しますが、実務上認められるケースは極めて限定的です。
7. 専門の弁護士へ早期に相談する重要性と、誤った対応をした場合の不利益
本件のようなケースでは刑事事件と入管手続に精通した弁護士にできるだけ早く相談することが肝心です。外国人の刑事事件では、日本人の場合と違い在留資格への影響を見据えた対応が求められます。早期に専門家のサポートを受ければ、捜査段階から不用意な供述を避けたり、被害者との示談成立を急ぐなど、在留資格に不利とならないための戦略を立てることができます。
逆に対応が遅れたり誤った判断をすると、たとえば在留期限内に適切な手続をしない・反省の意思を示し損ねる・入管対応を誤るなどして、退去強制を防ぐチャンスを失いかねません。
実際、配偶者ビザの更新などを自力で行おうとして失敗し、在留継続が困難になる例もあります。そのような不利益を避けるためにも、専門性の高い弁護士や行政書士に早めに相談し、適切な対策を講じることが何より重要です。

