このページでは,在留特別許可を求めて争った裁判事例について,判決文を解説します。
今回の事例は,平成19年6月14日に東京地方裁判所で退去強制(強制送還)令書の発布について取消しが言い渡された事例です。
この事例では,不法残留状態となった外国籍の男性Aさんが,日本人のBさんと内縁関係であったところ,入管に不法残留を摘発されたため,強制送還の手続きに付されました。一度退去強制令書が発布された後に,AさんとBさんは婚姻届を提出して法律上正式な夫婦となりました。
Aさんは,家族と日本に引き続き在留することを求めて,退去強制(強制送還)令書の取消を求めて裁判を起こしました。
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事案の概要
Aさんは平成10年,日本に,貨物船の乗組員として上陸しましたが,その後不法残留となってしまいます。
平成13年頃,AさんはBさんと知り合い,間もなく同棲するようになりました。
そして,平成17年に,Aさんは在留資格がないものの,外国人登録をしたところ,オーバーステイとして警察で逮捕されてしまいます。
オーバーステイ以外には罪を犯していなかったため,Aさんに対しては起訴猶予処分がなされました。
起訴猶予となって警察署から釈放されると同時に,今度は入管が,Aさんをオーバーステイで摘発し,入管の収容場に収容してしまいます。
Aさんに対しては不法残留を理由とした退去強制(強制送還)の手続きが始まり,Aさんも口頭審理を請求し,異議の申し出まで行いましたが,退去強制令書が発布されてしまいます。
その後,Aさんは入管の収容場で収容されている間に,日本人であるBさんと婚姻届を提出して,Bさんとは正式な夫婦となりました。
原告であるAさんは
退去強制令書が発布された時点でAさんとBさんは内縁関係になっていたし,その後実際に婚姻届を提出して法律上も夫婦になっているのだから,在留特別許可が認められるべきであると主張しました。
一方,被告である国側は,
AさんとBさんとの間では「真摯な共同生活」といえるだけの生活の実態はないと主張しました。
裁判所の判断
この裁判では,退去強制令書が発布された時点で,AさんとBさんの生活が,結婚生活に準ずるような内縁関係まで成熟していたかどうかという点が一番の争点となりました。
裁判所は,AさんとBさんが①同居(約3年10ヶ月)していること,②生活費の分担をしていること,③AさんからBさんに対してプロポーズをしていてBさんも拒んでいないことから安定した内縁関係が認められると判断しました。
被告である国は,
・住民票の記載ではAさんとBさんは結婚するまで同居していなかった
・結局AさんとBさんの婚姻は「強制送還されるのを免れる目的で慌てて婚姻手続きに着手した」にすぎない
とも主張していました。
しかし,裁判所は
・住民票上の住所と実際に住んでいる住所が違うことはよくあることであまり大きな問題ではない
・婚姻の手続きが遅れてしまったのはBさんの家族に不幸があったことや,家業が倒産して残務整理のために多忙だったことが重なってしまったことがあったからで,Aさんがオーバーステイで摘発された後に婚姻届けを出していても,内縁関係は否定されてない
と,被告の主張を排斥しました。
一方,裁判所は,Aさんのオーバーステイ期間が7年以上になっている点の悪質さは否定できないとも言いましたが,Aさんはオーバーステイ以外に法律違反をしていないことから,在留特別許可を否定する事情とまではならないとも判断しています。
そして,退去強制令書を発布した入管の判断は,AさんとBさんの婚姻関係を正しく把握しておらず,この点を正しく考慮していれば在留特別許可を与えるべき事案であったとして,入管・法務大臣の判断がした決定を取り消しました。
まとめ
この裁判例の事案では,シンプルにAさんとBさんの内縁関係が認められるかどうか,という点が争われました。
入管が退去強制令書を発布した段階では,婚姻届が提出されていない状態でしたし,入管も,Aさんの日本での手続きの外見だけ見て,Bさんと真剣に共同生活をする意思がないと判断したようです。
しかし,共同生活をしているかどうかを判断する時に住民票の住所だけで判断することはできませんし,内縁関係になってから婚姻届けを出していなかった理由も当人たちの間でしか分からない部分が多くあるはずです。
この事例では,入管が形式的に判断をしすぎた結果,裁判所に誤りを指摘されたのだと思われます。
なお,内縁関係にあることから在留特別許可が認められるという事案は,決して多くありません。東京地方裁判所の判決に対して,国側は控訴を申し立てていますが,東京高等裁判所が控訴を棄却したため,この判決は確定しています。
この事案では,婚姻届けを出そうと思っていたけれどもBさんの家庭の事情があったたため出せなかったという事実もあったため,
「敢えて結婚はしていない内縁関係」ではなく,
「いずれ結婚しようと考えているが時期的にできていないだけの内縁関係」であったという点が在留特別許可を認めるにあたって強く考慮されたのではないかと思われます。
内縁関係と在留特別許可が争われた事件としてはこちらの事件もあります。