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事例
(解説のための架空の事例です)
X国籍のAさんは経営・管理ビザで入国し、日本国内で会社を経営していました。ある日、Aさんが東京都内の路上を歩いていたところ、警察官に職務質問を受けます。所持品検査の結果、Aさんのカバンから乾燥大麻(いわゆるマリファナ)が数グラム見つかり、その場で現行犯逮捕されてしまいました。
この事例をもとに、以下の2点について解説します。
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Aさんが受ける刑事罰はどのようなものになるか(大麻所持の刑事罰)
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その刑事罰によってAさんの在留期間の更新は可能か(ビザ更新への影響と退去強制のリスク)
大麻所持の刑事罰
まず、Aさんが所持していた大麻に関する刑事罰について説明します。日本では大麻を所持した場合、「大麻取締法違反」で処罰されてきましたが、令和5年の法改正によって大麻取締法の規制内容が変更されています。改正後は、大麻は麻薬及び向精神薬取締法上の「麻薬」と位置付けられ、大麻を使用する行為(施用)も新たに処罰対象となりました。
従来は「大麻を吸っただけ」では処罰されませんでしたが、今後は体内から大麻成分が検出されれば麻薬の使用罪として逮捕・起訴される可能性があります。
これは覚醒剤などと同様に大麻の単純使用であっても7年以下の拘禁刑が科され得るという、非常に厳しい内容です。
さらに、この法改正に伴い大麻の所持に対する法定刑も引き上げられました。改正前は大麻取締法違反(営利目的でない単純所持)の法定刑は5年以下の懲役でしたが、改正後は7年以下の拘禁刑(懲役刑)となっています。営利目的で所持していた場合はさらに重く、1年以上10年以下の拘禁刑(情状により300万円以下の罰金併科)という厳しい刑に強化されています。このように大麻所持は以前にも増して重い犯罪と位置づけられ、初犯であっても状況次第では実刑判決もあり得るほど厳罰化が進んでいます。
もっとも、少量の大麻を初めて所持した程度であれば執行猶予付き判決になる可能性が高いと考えられます。実際、Aさんの所持量は数グラムと少なく、営利目的ではなく自己使用目的でした。所持の態様もカバンに入れていただけで、隠匿方法が巧妙だったわけではありません。加えて初犯である点を踏まえれば、裁判では拘禁刑(7年以下)のうち執行猶予付き判決が見込まれるでしょう。
在留期間の更新はできるか?
それでは、上記のような刑事処分を受けた場合にAさんの在留期間更新(ビザ更新)は可能かを考えてみましょう。結論から言えば、大麻所持で有罪判決を受けてしまうと在留期間の更新は極めて難しくなります。
なぜなら、日本の入管法やガイドライン上、「素行が不良でないこと」(=日常の行いが善良であること)が在留継続の重要な要件とされているからです。重大な犯罪で有罪となった場合、それは「素行不良」と判断され、在留期間更新の審査で大きなマイナス要素になります。
入管法上の具体的な規定も見てみましょう。Aさんの経営・管理ビザ(外国人経営者としての在留資格)は就労ビザの一種であり、入管法別表第一に定められた在留資格です。
入管法第24条には退去強制(強制送還)となる事由が列挙されていますが、その中で薬物に関する犯罪について定めた規定があります。入管法24条4号チでは、「麻薬及び向精神薬取締法、大麻取締法、あへん法、覚せい剤取締法…の規定に違反して有罪の判決を受けた者」は退去強制の対象になると定められています。大麻所持はまさにこの規定に該当する犯罪です。罰金刑や執行猶予付き判決であっても有罪となれば退去強制事由に該当してしまいます。
以上から、Aさんが大麻所持で有罪判決を受けてしまった場合、在留期間の更新どころか、強制的に退去させられる(強制送還される)可能性が極めて高いと言えます。実際の手続きとしては、判決が確定した後、入国在留管理庁から呼び出しを受けて事情聴取(違反調査)が行われ、退去強制の手続きに入ります。
退去強制となれば、日本に在留し続けることはできず、本国への送還が命じられることになります。なお、退去強制の具体的な手続きや流れについてはこちらでも解説しています。
例外的な救済策: どうしても日本に残りたい事情がある場合には、「在留特別許可」を求めることも考えられます。在留特別許可とは、本来は退去強制となる外国人であっても、法務大臣の裁量で特別に在留を許可する制度です。しかし、在留特別許可が認められるのは人道上配慮すべき特段の事情がある場合など非常に限られています。したがって、退去強制事由に該当する有罪判決を受けてしまう前に、いかにその事態を回避するか・または後の在留特別許可申請をにらんだ活動が何より重要になります。
弁護活動(逮捕後の対応策)
以上のとおり、大麻所持で有罪判決を受けるとビザの更新ができないばかりか、退去強制によって日本に在留できなくなるリスクがあります。外国人経営者にとって、日本で築いた事業基盤や生活を突然失う事態にもなりかねず、避けるべき深刻な結果です。そのため、逮捕後の対応(弁護活動)が極めて重要となります。
まず検討すべきは、不起訴処分(起訴猶予)を獲得することです。起訴されて有罪判決となれば退去強制は避けられませんので、そもそも起訴されないようにすることが最善の戦略となります。検察官は全ての事件を起訴するわけではなく、情状によっては起訴猶予(不起訴)とすることがあります。特に初犯で所持量がごく少量の場合など、再犯の可能性が低いと判断されれば、不起訴とされる余地があります。実際、処分が決定される際には再犯の可能性や所持していた大麻の量が大きな考慮要素となります。少しでも処分を軽くしてもらうためには、検察官に対して反省の意思や再犯防止策(例えば薬物依存治療に取り組む意思など)を示し、起訴猶予相当であると働きかけることが有効です。
そのためには、早い段階で弁護士を通じて検察官と交渉することが不可欠です。逮捕直後から弁護士が関与し、取調べ対応のアドバイスや有利な情状の収集・提出を行うことで、不起訴や寛大な処分を引き出せる可能性が高まります。例えば、大麻所持の事実関係について情状酌量を求める嘆願書を提出したり、必要に応じて故意(違法だと知っていたか)の有無を争うことも考えられます。
いずれにせよ、退去強制を回避するためには刑事事件における対応が極めて重要です。そのためには逮捕後の初動対応が極めて重要です。
Aさんのように外国人の方が逮捕されてしまった場合、できるだけ早く刑事事件と入管手続双方に精通した弁護士に相談・依頼することを強くお勧めします。専門の弁護士であれば、刑事弁護活動によって起訴や有罪判決を回避するとともに、万一起訴された場合でも入管当局への働きかけ(在留特別許可の申請準備など)について適切なアドバイスを行ってくれるでしょう。逮捕後の対応如何で、その後も日本にとどまり事業を続けられるかどうかが決まると言っても過言ではありません。外国人経営者の方は、万が一刑事事件に巻き込まれてしまった場合、速やかに経験豊富な弁護士にご相談ください。