
ある日、定住者として日本で暮らすAさんが、立入禁止と表示のある建物に入ったとして建造物侵入罪の疑いで事情聴取を受けました。
「不起訴なら大丈夫なのか」。
「罰金でも日本にいられるのか」。
「家族と離れ離れになって強制送還されるのではないか」。
Aさんの結末は、刑事手続だけでなく入管手続への対応次第で変わる可能性があります。
この記事では、定住者が建造物侵入罪で問題になった場合の、在留への影響、退去強制の仕組み、将来の再入国の見通しを整理します。
要点まとめ
結論として、建造物侵入罪では「刑事手続」と「入管手続」が別々に動くため、刑事事件が軽く終わっても在留面の不安がゼロにはなりません。
建造物侵入事件の場合、退去強制のリスクが大きく上がるのは、無期または1年を超える拘禁刑の実刑が確定した場面です。
一方で、不起訴や罰金、執行猶予であっても、定住者の在留期間更新や将来の永住許可の審査では「素行」が重視され、説明資料の質が結果を左右しやすいです。
退去強制手続の中では、在留特別許可という「例外的に日本に残る道」が問題になりますが、必ず認められる制度ではありません。
さらに、退去強制後の再来日には「上陸拒否期間」が関わり、刑の内容によっては期間で解決しない上陸拒否事由が残る点に注意が必要です。
刑事手続と入管手続が同時並行で進む
建造物侵入罪の捜査は刑事事件ですが、在留が続けられるかどうかは入管手続で別途判断されます。
刑事手続では、検察官が起訴するか不起訴にするかを決めます。
不起訴は「裁判にかけない」という判断であり、刑事裁判が開かれない点が特徴です。
退去強制手続となる場面では、有罪か無罪か、有罪としてどのような刑となるかが問題となります。しかし、今後も在留資格を更新し続けられるかという点では、入管側は「有罪か無罪か」だけで機械的に在留を決めるわけではありません。
在留期間更新の判断要素として「素行が不良でないこと」が掲げられ、刑事手続を受けたこと自体が消極要素になり得ると整理されています。
したがって、不起訴でも「何が起きたのか」「再発の不安がないか」を説明できないと、更新や将来の永住許可で不利に働く可能性があります。
刑事手続と入管手続の流れを、全体像として見ると次のようになります。
flowchart LR
A[建造物侵入罪の疑いで発覚] –> B[警察の捜査・取調べ]
B –> C[検察官が起訴/不起訴を決定]
C –> D[不起訴]
C –> E[略式罰金]
C –> F[公判請求]
F –> G[判決: 執行猶予 / 実刑]
A –> H[入管当局が情報を把握]
H –> I[退去強制手続の検討・進行]
I –> J[在留特別許可の検討]
J –> K[在留継続 / 退去強制]
退去強制とは何か
退去強制とは「一定の要件に当たる外国人に対し、日本から出国するよう命じる行政手続」です。
刑事裁判の「刑罰」とは目的も手続も別であり、刑事事件が終わっても退去強制が問題になることがあります。
退去強制手続は、違反調査、違反審査、口頭審理、裁決といった段階で進むことが示されています。
建造物侵入罪との関係では、退去強制が特に問題になりやすいラインがあります。
建造物侵入罪は、正当な理由なく人が管理する建物に侵入する行為を処罰の対象とするもので、法定刑は3年以下の拘禁刑または10万円以下の罰金です。
ここで重要なのは、入管法上、無期または1年を超える拘禁刑に処せられた場合に退去強制事由となり得る、という枠組みです。
つまり、建造物侵入罪でも、量刑が「1年を超える実刑」まで重くなると、退去強制リスクが一気に現実化します。
そして、退去強制の局面では「在留特別許可」が中心論点になります。
在留特別許可は、法務大臣が、在留を希望する理由や家族関係、素行など複数の事情を総合して判断する仕組みとして明示されています。
ただし、在留特別許可は「必ず許可される権利」ではなく、個別事情で結論が分かれます。
また近時の制度として、退去強制令書が発付された後は、在留特別許可の申請ができない旨の規定が置かれています。
刑事処分別に見る定住者の在留への影響
建造物侵入罪では「退去強制になるかどうか」は実刑の長さが核心であり、さらに「定住者として生活を続けられるか」は更新審査での説明内容が核心になります。
以下の表は、刑法130条の法定刑と、入管法上の退去強制事由・在留審査の考え方を前提に整理した目安です。
| 刑事手続の結論 | 退去強制のリスク(建造物侵入罪) | 定住者の在留期間更新への影響 | 永住許可(将来)の影響 | 再入国(出国時)の注意点 |
| 不起訴 | 原則として「1年超の拘禁刑の実刑に処せられた」に当たらない | 事情説明の質で差が出る | 「素行」評価の説明が重くなる | 再入国許可を取らずに出国すると在留資格が消滅 |
| 略式罰金 | 同上 | 「素行」面で消極評価になり得る | 罰金歴の扱いが問題化し得る | 同上 |
| 執行猶予 | 同上 | 更新は可能性が残るが慎重 | 申請時期・説明の組立てが重要 | 同上 |
| 実刑 | 1年超の実刑で退去強制の要件を満たす。反対に1年以下の実刑であれば要件を満たさない | 更新以前に退去強制が前面化し得る | 退去強制の場合は申請以前に離日 | 上陸拒否期間や上陸拒否事由が問題化 |
次に、それぞれをもう少し具体化します。
不起訴の場合
刑事裁判にならないため、刑罰は科されません。
このため「1年を超える拘禁刑に処せられた」という類型には当たりません。
ただし、定住者の在留期間更新は、法務大臣が「引き続き在留を認めることが適当か」を判断する仕組みです。
その判断要素として素行が位置付けられている以上、捜査に至った経緯や再発防止を説明できないと、更新審査で消極に働き得ます。
略式罰金の場合
略式裁判は、検察官の請求に基づき、簡易裁判所が正式裁判を開かず、罰金や科料を科す簡易手続です。
建造物侵入罪は罰金刑が法定されているため、事案によっては略式罰金で終わることがあります。
罰金は「拘禁刑」ではないため、1年超の拘禁刑を前提とする退去強制類型には直結しにくいです。
一方で、在留期間更新や永住許可では、法律上またはガイドライン上「素行」が重視されるため、罰金であっても説明負担は残ります。
執行猶予の場合
執行猶予は、有罪判決を出しつつ、一定期間、刑の執行を猶予する制度です。
入管法の退去強制事由は、定住者の刑罰法令違反が問題となった場合は、実刑となったときに限定されています(薬物事犯などは除く)
そのため、執行猶予付き判決であれば、直ちに退去強制に結び付くわけではありません。
ただし「有罪」である以上、定住者の更新審査や将来の永住許可で、どのように更生状況を示すかが重要になります。
実刑の場合
実刑とは、猶予が付かず、刑事施設に収容されて刑が執行される形を指します。
建造物侵入罪でも、量刑が1年を超える拘禁刑となって確定すると、退去強制事由に該当します。
この局面では、刑事手続の弁護方針がそのまま在留可否に直結しやすいため、「1年を超える実刑を避ける」ことが最重要目標になります。
また、再入国の観点では重要な基本があります。
再入国許可(みなし再入国許可を含む)を受けずに出国すると、その時点で在留資格と在留期間が消滅します。
みなし再入国許可の有効期間は、原則として出国の日から1年で、在留期限が先に来る場合は在留期限までとされています。
退去強制を回避・軽減するために重要なポイント
結論として、退去強制を避ける現実的な道は「刑事処分を重くしないこと」と「在留特別許可が検討される局面に備えて、個別事情を積み上げること」です。
在留特別許可の判断では、在留を希望する理由、家族関係、素行、在留期間、退去強制の理由となった事実などを総合考慮することが明示されています。
つまり、一つの事情だけで決まるのではなく、プラス材料とマイナス材料の「全体評価」になります。
定住者に特有の観点としては、そもそも定住者は「法務大臣が特別な理由を考慮し、一定の在留期間を指定して居住を認める」枠組みである点が重要です。
したがって、生活基盤の安定や法令順守の継続が、審査上の説得力になりやすいです。
建造物侵入罪の特性に即して、入管で評価されやすいポイントを実務的にまとめます。
まず、刑事手続側で目標を明確にします。
退去強制リスクの境目が「1年を超える拘禁刑の実刑」にある以上、そこを越えない結果を現実的に目指すことが在留面では決定的に重要です。
次に、入管手続を見据えて「説明の材料」を準備します。
在留特別許可では、家族関係や生活状況、素行、再発可能性の低さを、証拠で示すことが基本動作になります。
実務チェックリストを置きます。
早いほど有利になりやすい項目です。
- 取調べ対応を「刑事」と「在留」の両面で設計する。
- 侵入に至った経緯を、時系列で矛盾なく整理する。
- 管理者側に対する謝罪と、再発防止策を具体化する。
- 生活基盤を裏付ける資料を早期に集める。
- 在留特別許可の「申請できるタイミング」を外さない。
弁護士が実務で準備することの多い「主張の柱」と「資料の例」を挙げます。
特定の書式のひな形ではなく、どのような材料をどう組み立てるかのイメージです。
- 経緯説明
どの時点で、誰の管理下の建物に、どのように立ち入ったのかを整理します。
「正当な理由」の有無に触れつつ、争点があるなら争点を限定します。 - 反省と再発防止
「二度と同じことをしない」を抽象語で終わらせず、具体策に落とします。
例えば、関係場所に近づかない行動設計や、生活リズムの是正など、実行可能性を示します。 - 生活基盤の立証
定住者としての居住実態、就労状況、収入、住居、社会的つながりを資料で示します。 - 家族事情の整理
同居家族の有無、扶養の実態、家族の生活への影響を、感情ではなく事実で提示します。 - 在留継続の必要性
「なぜ日本に残る必要があるのか」を、仕事・家族・生活の観点で立体的に説明します。
刑事事件後に定住者を再取得できるのか
結論として、退去強制になった場合でも将来の再来日が「絶対に不可能」とは限りませんが、「上陸拒否期間」と「上陸拒否事由」の両方を分けて考える必要があります。
上陸拒否期間とは、退去強制など一定の事情がある人について、原則として日本への上陸を拒否する期間を指します。
退去強制を受けた場合、法律上「退去した日から五年」や「退去した日から十年」と整理される類型があります。
ただし、ここで終わりではありません。
入管法には「日本国または外国の法令に違反して、1年以上の拘禁刑等に処せられたことがある者」は上陸できない、という上陸拒否事由があります。
この類型は「何年経てば自動的に解消する」という性質ではなく、結果として長期にわたり再来日のハードルとなり得ます。
したがって、建造物侵入罪で最も厳しいシナリオは次の組合せです。
「1年を超える実刑が確定して退去強制に至る」ことです。
この場合、退去強制の問題に加え、上陸拒否事由そのものが残ってしまう可能性が高まります。
在留特別許可は「本来は退去すべき局面でも、例外的に日本での在留を認める」判断です。
これに対して、退去強制後の査証の再取得は「いったん出国した上で、上陸の可否からやり直す」話です。
定住者は、法務大臣が特別な理由を考慮して在留期間を指定する枠組みであるため、再取得の局面でも事情の再整理が必要になります。
外国人事件に強い弁護士へ早期に相談すべき理由
結論として、定住者×建造物侵入罪の組合せは「刑事の量刑ライン」と「入管の裁量判断」が交差するため、早期に専門家が全体設計するほど結果が改善しやすい類型です。
とくに、退去強制リスクの境目が「1年を超える実刑」である以上、刑事弁護の初動が在留結果を左右します。
また、在留特別許可は「主張と証拠の積み上げ」が核心であり、場当たり的対応では弱くなりがちです。
さらに、退去強制令書発付後は在留特別許可の申請ができないというルールがあるため、間に合わない対応は致命傷になり得ます。
弁護士が関与する実益は、次の点にあります。
刑事側では、処分の見通しを踏まえ、在留にとって致命的になりやすい結果を避ける方針を立てます。
入管の手続きの側では、法律が掲げる考慮要素に沿って、事情を「評価される形」に翻訳し、資料で裏付けます。
そして、出国や再入国許可の扱いなど、在留資格が消滅する落とし穴を避ける助言ができます。
建造物侵入罪で捜査されても、必ず退去強制になるわけではありません。
一方で、「軽い処分だから安心」と決めつけて準備を怠ると、更新や将来の永住許可で不利が残ることがあります。
不安がある段階ほど、刑事と入管を一体で見て、早めに戦略を固めることが重要です。

